「90年代突入!」

噛み締めるように告げる慶一さん。

長い沈黙を破った壮大なプレリュードがその幕を開ける。

『Who's gonna cry?』拭うどころか、涙を溢れさせてくれた1991年。

重厚なコーラスに続いて宴の賑わいが届けられる。最後の晩餐でマスターを務めたAndy Partridge氏。96年の今、野音に彼の声が響き渡るのを不思議な気持ちで聞いていた。 すかさず僕の頭の中では"Who's gonna die first?"が鳴り出す。叩きつけるようなコー ラスに扇情的なディストーションギターのリフ。何度身体で浴びたことだろう。擦り減 ることのないこのCD。そうだ、接着剤が弱いぞこのCDトレイ。何度貼っても剥がれ てしまい、ボロボロになってしまったジャケット。いいんだ、もう1枚買ったから。中 古で見つけた"最後の晩餐"は、驚くなかれ、100円のプライス・タグをつけていた。 喜ぶべきか、はたまた悲しむべきか。

さあ、またしても肩透かしをくらってしまう。フェイド・インしてきたのは『幸せの洪 水の前で』だ。この時間旅行がA1グランプリだということ、そのひとまずの終点が近 いことを知らされる。



1992年のツアーでもオープニングを飾った曲。絞り出すように言葉を吐いた慶一さ んの姿がオーバー・ラップする。苦しそうな声は変わらない。けれど、目の前の彼は4 年前より若くみえる。特別な祭りだけが持つ高揚感のなせる技だろうか。陰りを潜めた 愛の論理。砕け散る海も、今日は穏やかに両手を広げているようだ。

次なるA1は"PRELUDE TO HIJACKWER"のはず。ここでオーケストラ・サウンドをしたが えつつ、2回目のインターバルに入るものと思っていた。が、またしても予想はあっさ りと裏切られてしまう。一際高い音圧のイントロに続き、武川さんの声が『帰還〜ただ いま〜』を告げ始めたのだ。

朗々としたテノール。気がつけば野音全体を夜の帳が包んでいる。薄明かりの中浮かび 上がる彼の広い肩幅が、つい先日の「夜」を思い出させる。カンテラを片手に、かけが えのない仲間たちに囲まれ唄う姿。あの時の感動(陳腐な表現だが、これ以上の言葉を 僕は知らない)がいきなりフラッシュ・バックしてくる。今日、何度目かのデジャ・ヴ。 今、目の前で告げられた「ただいま」には、あの日の思い詰めたような緊張感は無い。 穏やかな口調は充足感に満ち溢れている。世紀末へ向け、彼らが間違いなく続いていく ことを確信する夜。お互いの無事を祝う、20年目のスペシャル・ナイト。

「ここで2度目の休憩です」

照れ臭そうな慶一さんの声。野音全体が、ホッと息をつく。まだまだ旅は終わらない。


それにしてもここまで19曲。いつもならアンコールも終わり家路をたどるころだ。

すっかり陽の落ちた日比谷野外音楽堂。僕らは静かに高揚している。笑いのとまらない 膝を休めるため、コンクリートの地面に腰を降ろして休もう。

同居人がドーナツを差し出してくれるのだが、空腹感は無かった。いや、わからないと 言うべきかな。身体機能を関知するデバイスにアクセスできないでいるようだ。現実感 の欠如した肉体。知覚回路の一部分だけが妙に研ぎすまされている感じ。

困り果てたのは記憶細胞だ。現在進行形の光景をどう扱うべきか、判断しかねて寝込ん でいる始末。軽い頭痛のような目眩もする。夢かうつつか幻か。ビン底のようにポッカ リと口を開けた空には、月がまだ顔をみせずにいる。高層ビルのコンクリート・ジャン グルと、深緑色に染まる森に囲まれたスペース。擂り鉢状の観客席の底では、数千もの 頭が揺れている。

ここに集っているのは、数え切れない欲望と傷心かもしれない。