架空楽団ライブレポート

 98年8月16日、架空楽団・結成20周年記念ライヴが行われる渋谷エッグマン前は、開場30分前からすでに長い列であった。

 その日は汗ばむくらいのとてもいい天気で、当然のこと渋谷は大勢のひとでごった返していたのだけれど、ここに集まっているのはみんな迷うことなくライダーズやあがた森魚が好きなひとたちばかりなのである。年齢層もバラバラなら、風貌や服装もバラバラなのが実に興味深い。日本全国、遠い場所からはるばる来ているひとも多いと聞く。だいたい当の架空楽団のメンバーもこの日のために各地から集合しているのである。当然、ここに集う彼や彼女たちひとりひとりに、ライダーズやあがた森魚をめぐる様々な物語が展開しているわけであり、今回の架空の公演が新たな1ページとして記されるに違いないであろうことは、僕らにとっては間違いなく必然だった。大好評を博した昨年8月17日の架空楽団・東京公演から1年振り、さらに20周年という記念すべき年のライヴなのである。何かが起きないはずがない!!

 今回の夏も公演の準備は入念に行われていた。ライダーズのライヴやらイヴェントやらで何度か黒瀬尚彦さんの姿(まだ髪は黒かった)を見かける度、
「夏のライヴの打ち合わせがてら岡山から出て来たんですよ」
というようなことをおっしゃっていたし、
「ライダーズのツアーのセットリストと曲がバッティングするのは避けたいんですよ」
と、多くは聞かなかったけれど、何やら楽しげな企みが黒瀬さんの頭のなかに渦巻いているのはどうみても明らかだった。もう僕はこのときから楽しみで仕方なかったのである。

 開場とともに流れ込んでゆく人、人、人。あっという間に椅子席は埋まってしま

い、ほとんどのひとは立ち見である。会場内には昨年に続き鈴木慶一さんや、かしぶち哲郎さん、さらになんと岡田徹さんの姿も! 実はさらなるスペシャル・ゲストの顔触れが会場内のあちらこちらに散らばっていたようなのだけれど、開演前に僕が気づいたのはこのお三方だけ。白い髪って目立つよねぇ・・・。

 昨年の店内モニター数が非常に多かったクロコダイルに比べると、エッグマンのモニター数は乏しく、山田雅義さん特製の映像とライヴ演奏とのミックスという架空の魅力のひとつに関しては、残念ながらアピールしにくかったマイナス面はあるようだった。開演前からモニターには架空楽団・20周年記念模様のロゴ(ライダーズの20周年のロゴをあしらいつつそれにプラス・アルファしたようなもの)が浮かび上がっているのを観て、“これが昨年のクロコダイルみたいにステージ脇にモニターが積まれていたらなぁ”とも正直思ったが、よくよく観ればステージ上はすでに楽器や機材でめいいっぱいである。モニターなんか置くスペースはそもそもありはしないのだ。各メンバーの立ち位置は、ステージ向かって右にキーボード、中央奧にドラムスと管楽器、中央には床にベースがデーンと転がっているのとヴォーカル・マイク、左手にギター、そしてコーラス隊のマイク類。超かわいいヴァイオリン才女の佐藤ふくみちゃんはおそらく左手のほうのセッティングなのだろう。しまった、左側に座れば良かった(僕は右よりの席に座っていたので・・・)。とかなんだかんだ思いめぐらせているうちについに架空のメンバーが登場。さぁ、いよいよ、ショウの始まりだ。

 オープニング・ナンバーは「Frou Frou」で、架空ならではのアグレッシヴさたっぷりの粋なショウの幕開けである。シンセ・ベースは打ち込みで、ベーシスト・石原真さんはさっきまで転がっていたベースをいきなり奧へ追いやって、国平貴之さんとともにトランペットをプレイしつつ、カッティング主体のリズム・ギターをプレイ。黒瀬さんはソロ主体のプレイを聴かせる。黒瀬さんはこの曲に限らずリズム・ギターは西村克己さんに任せるなどして、リード・ギターやソロなどに焦点を絞ったプレイをフィーチャーしていたのは特筆すべきところだろう。続いては「Kのトランク」をレコード・ヴァージョンに比較的近い架空楽団のオリジナル・アレンジで聴かせる。ベース・アンプがトラブッてしまい石原さんのベースが聴こえなかったハプニングがありつつも、
「気にするな、続けて行くぞ」
という石原さんの声とともになんと「沈黙」へ!!さすが架空楽団という選曲である。石原さんのベース・プレイはこの曲が本日初お目見えになったわけだが、トラブッたのが「Kのトランク」で本当に良かった。「沈黙」でベースが鳴っていないのではかなり厳しい。歯切れの良いスカ調のリズムが心地良く、エンディングの閉めがバッチリ決まってカッコ良かった。黒瀬さん曰く
「今のは郵便貯金ヴァージョンでした!!」
・・・さすが細かい。

石原さん 「Hello,Everybody,僕たちの Sweet Bitter Candy Tour '98も、今日がワールド・ツアーを飾るファイナルとなりました。オーナー、髪の色が・・・。」
黒瀬さん 「オーナーの黒瀬です。でもオーナーと言っても代表権はありません・・・コピー・バンドだから。いやぁ、この歳になると身体に傷を付けたくなるんです。」(場内爆笑)
石原さん 「はじめて観た方はライダーズのコピーと聞いて、なんだヴォーカルの奴、慶一と似てねぇじゃないかと思ったでしょうが(場内爆笑)、ではここから魔物の世界に飛び込んでみましょう。」

 さぁ、いよいよ山田さん十八番のあがた森魚パフォーマンスである。
「おぼえているかい? ほら、あーんなに綺麗な夕陽がさぁ、高速道路の向こう側にゆっくり沈んで・・・。」



 情景が目の前に浮かび上がってくるような実に見事な語りっぷりを演じつつ、「ベスパップ・スカウト」へ。山田さんのひしゃげたような粘性のあるあがたヴォーカルと女性コーラス隊のかわいいコーラスが実に見事なマッチングだ。 続く「エッフェル塔の歓び」でも山田さんの歌声は素晴らしく、聴き手に詩の世界の情景をイメージさせる表現力は単なるコピーの域を間違いなく越えたものである。黒瀬さんの時折ハードロック少年の血を覗かせる、特製ジパング・ギターもイカしていた!! そしてまず最初のゲスト、そりゃぁ当然、あがた森魚さんでしょう!!

 あがたさん「なんかひとつの感情には収まりきらない、喜怒哀楽がすべて凝縮されてわなわなと震えながら観てました、私は(場内爆笑)。でもこんなに愛してやってくれている楽団がいることを感謝しなくてはならないね、ありがとう。と言いつつも、ここに出て何をしようっていう(笑)。」

 「サブマリン」は昨年も演奏されたが、今年はなんと本家本元・あがたさんを交えて。最初は左奧に引っ込んだ山田さんをあがたさんも“そんなところに引っ込むなよ”という風に呼び出す一面も。メンバー紹介を挟みつつ、次第にヴォルテージ上がってゆくあがたさんのヴォーカルと手振り、身振りも当然のところ見物である。ちょっぴり深いリヴァーブの効いたギター・フレーズも歌メロと同じくらい美味しかった。本家本元のあがたさんと、山田さんが共演したことで、良い意味でのそれぞれの違いがはっきりと現れたのも興味深い点だった。どれくらい似ているかに注目するよりも、山田さんならではのオリジナルティをどれだけ楽しめるかのほうが遙かに面白いのである。

 そしてライヴのうははちみつぱいの「薬屋さん」へ。名曲ではあるが、この曲を選ぶところが架空ならではである。黒瀬さんはもんじゃ焼きを食べるときのへらのような形をした細長いエレアコでプレイ。伊藤ヨタロウさんがメトロファルスの今年のツアーで同じ形のものを弾いていたのを思い出した。そして忘れてはいけないのが、ふくみちゃんの泣きのヴァイオリンが大活躍だったこと。♪八月の声を聞く頃にもなると、ただ歳をとるばかり〜・・・泣ける。

 石原さん 「白井良明の曲で最初にムーンライダーズで採用された曲はなんでしょう?はい、当たりです。ライヴでやっているのは聴いたことがないんですけど、うちの白髪鬼がどうしても今回やりたいというので・・・。」

 なんと「ディスコ・ボーイ」である!! 思いっきりレアな曲が聴けてしまうのも架空の楽しみどころのひとつだ。この曲も黒瀬さんのギターが聴きどころだろう。イントロから、ブリッジ、ソロetc とギターがキメなきゃ何も始まらないような構成の曲だ。♪出直そうぜ〜では観客に歌わせてしまったりして、なかなかの盛り上がり。ライダーズがこの先この曲を演奏することってあるのだろうか?演奏後、黒瀬さんが言った一言は
「良い曲でしょ? 再発見しました。」


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